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大阪高等裁判所 昭和59年(う)489号 判決 1984年9月07日

本籍

大阪市西淀川区御幣島四丁目三番地

住居

大阪市浪速区湊町一丁目二番一一号

会社役員

岡田進

昭和一〇年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年三月二二日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 沖本亥三男 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤田太郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

第一控訴趣意中理由そごの主張について

論旨は、要するに、原判決が被告人に対し一個の刑として懲役刑と罰金刑を科しながら、一方で懲役刑については情状憫諒すべきものとして刑の執行を猶予しながら、他方で罰金刑について情状悪質であるとし所得税法二三八条二項を適用して同条一項の罰金刑を加重したのは、刑法二五条一項、所得税法二三八条一項、二項の解釈を誤りひいては理由にくい違いを来たしたものであるから原判決は破棄を免れないというのである。

よって検討するに、原判決によると原判決は原判示の各所得税法違反の罪につき、所得税法(但し、原判示第一の所為については昭和五六年法律第五四号改正前の法律により、又同第二、第三の所為については同改正後の法律による)二三八条一項を適用して各懲役刑と罰金刑を併科し、情状悪質なりとして同条二項により罰金額を重くしたうえ、各併合加重して、被告人を懲役二年六月及び罰金六、五〇〇万円(換刑処分一日一〇万円)に処し、懲役刑については刑法二五条一項により四年間刑の執行を猶予したこと明らかである。

しかしながら、逋脱の動機、態様、逋脱税額等の情状により所得税法二三八条二項により罰金額を増額するのが相当であるが、懲役刑については執行猶予が相当であるという場合のあることは否定し得ないのであって、原判決が前記のとおり懲役刑に執行猶予を付して罰金刑を増額したことをもって法令の解釈に誤りがあり、理由そごの違法があるとはいえない。

第二控訴趣意中法令の解釈適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、昭和五六年法律第五四号は所得税法違反の罪に対する国家的評価を変更したもので確定判決と同一視すべきであるから併合罪関係は遮断されるべきものと思料される。しかるに、原判示第一の罪と同第二、第三の各罪が併合罪の関係にあるとして右第二の罪(控訴趣意書第三点四に「判示第一」の罪に併合加重とあるのは「判示第二の罪の誤記と認められる」)につき併合加重した原判決は刑法四五条(控訴趣意書第三点、四に「刑法五四条」の解釈を誤り、とあるのは「刑法四五条」の、又併合罪として「刑法五四条前段」を適用、とあるのは「刑法四五条後段」の各誤記と認められる)の解釈、適用を誤ったものであるというのである。

しかしながら、刑法四五条後段にいう確定裁判とは、当該被告人の犯した数罪のうち、先に発覚して既に有罪が確定した裁判をいうことは明白であり、法律の改正による刑期の変更が確定裁判と同一視すべきであるとの所論はとうてい採用できない。論旨は理由がない。

第三控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人は現所有の資産を全て処分しても脱税本税のほか延滞税、重加算税、府市民税などを支払うことはできない状況であるのに、更に六、五〇〇万円の罰金を完納することはとうてい不可能であるから、諸般の事情を斟酌のうえ、罰金刑を軽減されたいというのである。

よって所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件は被告人が昭和五五年分から三年間にわたり収支に関する記帳を行わず、賭博遊技機による収入を架空人名義で預金するなどの不正の方法で所得の一部を秘匿し、三年間の合計所得は四億七、〇九二万八、七八一円であったのに、合計六、二四七万九、九六七円の所得しかなかったと申告し、三年間に合計二億八、三七八万九、一〇〇円の所得税を免れたという事案であるが、本件犯行の動機、態様、逋脱税額などに徴すると被告人の刑責は重大である。

してみると、所論のうち被告人のため有利に斟酌し得る諸事情ならびに同種事犯に対する量刑の動向を十分考慮しても原判決の罰金額が重きに過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 村上保之助 裁判官 菅納一郎)

昭和五九年(う)第四八九号

○ 控訴趣意書

被告人 岡田進

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴趣意書別紙のとおり提出する。

昭和五九年五月三一日

弁護人弁護士 藤田太郎

大阪高等裁判所第二刑事部 御中

別紙

第一点 原判決は「理由にくい違いがある」こと明らかである。

一 原判決はその理由において、罪となるべき事実として第一、第二、第三の事実を判示し、判示第一の所為には昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項により懲役刑と罰金刑を併科し、情状により所得税法二三八条二項を適用し、判示第二、第三の各所為については、右改正後の所得税法二三八条一項、各懲役刑と罰金刑を併科し、情状により同条二項を適用し、刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の懲役刑に加重)、罰金刑につき同法四八条、刑法一八条、懲役刑につき刑法二五条一項を適用して、被告人に対して懲役二年六月及び罰金六五〇〇万円に処する。右罰金を完納することが出来ないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判が確定した日から四年間、右懲役刑の執行を猶予すると判決を言渡した。

二 右判決は判示各事実につき、所得税法二三八条一項を適用して、一個の懲役刑と罰金刑の判決を言渡したのである。併科刑は一個の判決である。

所得税法第二三八条一項は、単に「懲役と罰金を併科する」と規定しているのみで、併科の理由は明示していない。刑法第二五六条二項の罪は「十年以下の懲役及び千円以下の罰金に処す」と規定しているのと同様である。しかるに原判決は一個の刑の一部について情状、憫諒すべきものとして執行猶予の言渡しをし、他の一部については情状悪質なりとして、所得税法二三八条二項を適用して一項の科刑をより重くしていることは、一個の刑につき矛盾した判決と言わなければならない。

原判決判示の刑法二五条一項の執行猶予の「情状」と所得税法二三八条二項の「情状」とは全く相反するものである。明らかに原判決は理由にくい違いがある。

三 刑の執行を猶予することによって、本人の改善を促すという積極的作用に着眼する限り、必ずしも自由刑に限らず、財産刑にもおなじことがあてはまるものと言わなければならない。かようにして昭和二二年の刑法改正では、罰金刑にも執行猶予が認められることになったのである。

四 刑法の罰金刑は単なる財産刑だけではなく、完納することができないときは刑法第一八条により一日以上二年以下の期間、労役場に留置され、更に同条三項により罰金を併科した場合は、留置の期間は三年を越えることを得ずとされているのである。単なる財産刑ではなく完納しない場合は、刑務所において実質的に服役するのとは変らない刑であることを考えなければならない(監獄法第八条第九条参照)。懲役刑の執行猶予に短期自由刑の弊害を回避するために特別の意義を有するとすれば、換刑処分についても同様の配慮を考えなければならない。

五 以上のとおり、原判決の理由は刑法二五条一項、所得税法二三八条一項、二項の解釈を誤り、刑訴法三七八条四号の違背があり、刑訴法三九七条により、原判決を破棄せらるべきものと思料する。

第二点 原判決は刑の量定が不当である。

一 原判決は被告人に対し、懲役二年六月及び罰金六、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判が確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予するとの判決を言渡した。

二 右判決は所得税法二三八条二項の罰金刑につき刑法四八条を適用して併合罪加重をしているし、換刑処分による労役場留置期間は約一年八ケ月である。

三 被告人の逋脱税額は三年度分の総額二八三、六八五、八〇〇円で僅少ではない。しかし原判決が被告人に対して、懲役刑について執行猶予の判決を言い渡したのは、本件事犯の犯情として次の点が認められたと推測される。

1 本件査察前の申告状況について

原判決判示第一の犯罪事実について(昭和五五年分)、原判決は所得金額九三、九〇七、九八五円であるのに、同年分の所得金額が一〇、一七五、六一一円と申告したと判示している。しかしながら被告人は本件査察調査前に修正申告をした状況は次のとおりである。

(1) 昭和五五年分所得の修正申告書は昭和五七年六月一日所轄浪速税務署に提出している。修正申告所得額は一七、五〇六、三八三円で、修正所得額七、三三〇、七七二円、修正申告納税額三、四四三、四〇〇円、差引納税額三、三〇三、六〇〇円は加算税も含め計三、四六八、七〇〇円を昭和五七年六月二三日に完納している。

(2) 昭和五六年所得については昭和五七年六月一日修正申告額一八、七七八、四九三円(増差額七、四八四、四六三円)、修正申告納税額四、八二七、五〇〇円として所轄浪速税務署に修正申告書を提出し、重加算税も含めて四、二〇四、七〇〇円の所得税を昭和五七年六月二三日納付している。

2 本件脱税に伴う税金の支払状況

(1) 被告人は本件起訴後昭和五八年一二月九日起訴事実通りの所得について修正申告書を所轄税務署に提出して、逋脱税額合計二八三、六八五、八〇〇円を同年一二月九日より同月二二日までに完納した外、付帯税金についても左記のとおり納付している。

(イ) 重加算税については八四、〇〇〇、〇〇〇円のうち三五、〇〇〇、〇〇〇円

(ロ) 事業税一九、六六九、七九一円完納

(ハ) 府市民税等地方税については、昭和五九年一月三〇日一、〇〇〇万円納付し、残額は本年末まで猶予するとの了解を得ている。

以上合計六四、六六九、七九一円である。

3 本件所得の確定は財産増減法によったのであるが、被告人は査察調査の始めより手持の証拠は全部提出して調査に協力し、検察官の取調、公判においても所得の認定については一切争っていない。

4 本件所得の大半はゲーム機による所得であるが、被告人は昭和四〇年頃よりこの事業を始め、警察による取締がなされていない期間における所得が大半であり、取締が開始される直前に廃業している。

5 被告人は会社の収入と個人の収入ははっきり区別し、仮名預金を用いたが正確に通帳も保存し、その使途も不動産購入、店舗の権利借入、有価証券の購入等で所謂無駄使いはしていない。

6 被告人には前科、前歴はない。

7 被告人は本件脱税による所得を全部なげだして、脱税に伴う諸税金を支払い、改悛の情顕著である。

8 被告人は人生の再出発として、幼少の頃覚えた料理人としての腕により、家族ともども更生の道をすすまんと決意している。

9 被告人の家族には妻の外、学生である子供二人、当年六八歳の老母を抱えている。

1 第一審判決後の情状として、被告人は関係会社の資産の内、換価できるものを処分して、未払の税金の納付に努力している。

その結果、本控訴趣意書提出迄に約二、五〇〇万円を入手したので、重加算税の一部として納付することとした。右の納付により重加算税の未納付額は二、四〇〇万円と減少した。これらの点は控訴審において立証する予定である。昭和二二年所得税に関する申告納税制度実施に伴い税制改正が行われ、所得税逋脱犯に関して懲役刑の刑罰をもって臨むと共に、企業維持の観点から、逋脱税額の何倍という罰金刑の必要がないという当時の総司令部側の意向を反映して、一応罰金の法定額は五〇〇万円以下ということにした。その代りに税法の規定に重加算税を新たに設けられた。その当時の重加算税は逋脱税額に対して五〇%の課税率であった。

昭和二二年三月三一日法律第二七号の所得税法に於ては、同法第六九条二項に於て免れた所得税額が五〇〇万円を超える時は、情状により所得税額に相当する金額以下となすことが出来ると規定している。この罰金額の判定は重加算税を考慮したものである(但し、このときは刑法四八条二項の規定の適用はない)。

重加算税は行政罰であり、罰金は刑罰であるから異質のものであるが、何れも税金を免れた行為に対する制裁である性質には変りはない。更に、脱税に伴い、重加算税の外に多額の国税、地方税を負担しなければならない。

又本件の如く、被告人の個人企業による所得の場合には、法人の場合と異なり企業主体が行為者であり、納税義務者であるので脱税に伴う全ての税法上の負担は、被告人個人の責任に於て解決すべきで、被告人以外の団体にその責任の一部を負担させることは出来ない。

例えば法人の場合であれば、行為者たる個人の逋脱犯としての処罰は執行猶予付の懲役刑を選択し、企業主体たる法人に対して多額の罰金刑を言渡すことが出来るが、被告人の如き場合は行為者としての責任と企業主体としての責任を一身に併有しなければならない。この点も個人企業主の所得税違反事件の罰金刑の量刑の上に於て考慮せらるべき問題である。

そこで被告人が本件によって負担する税金は脱税本税の外

延滞税 三四、一二〇、〇〇〇円

重加算税 八四、〇〇〇、〇〇〇円

事業税 一九、六六九、七九一円

府市民税 五五、〇一三、五三〇円

合計 一九二、八〇三、三二一円

である(第一審弁論要旨参照)。

右税金を完納すると逋脱税額に対して六七・九%の税金を支払ったことになる。

次に、被告人は脱税本税と右付帯税とを合計すると四七六、四八九、一二一円支払わなければならない。

被告人が脱税によって得た資産は

銀行預金その他現金 一五〇、二八八、〇〇〇円

株式 一三、〇〇〇、〇〇〇円

不動産 二一三、〇〇〇、〇〇〇円

出資金 二〇、〇〇〇、〇〇〇円

ゴルフ会員券 七、五〇〇、〇〇〇円

車両処分金 二、〇〇〇、〇〇〇円

店舗処分 五五、〇〇〇、〇〇〇円

合計 四六〇、七八八、〇〇〇円

が残存している資金全部である(第一審弁論要旨参照)。これを全部処分して脱税本税、付帯税、合計四七六、四八九、一二一円の支払に充当しても尚一五、七〇一、一二一円不足することになる。更に脱税額と付帯税額との比率は六七・九%及び被告人が既に支払った、府市民税一、〇〇〇万円、事業税一九、六六九、七九一円及び重加算税三、五〇〇万円、今回の重加算税支払額二、五〇〇万円を合計すると八九、六六九、七九一円となり、これを重加算税八、四〇〇万円の支払に充当したとすれば重加算税の支払は完納したことになる。被告人の経営する会社には従業員もおり、又その清算にも費用を要するし、被告人が丸裸になっても前述の赤字が生じるのである。

2 本件所得は殆どいわゆる賭博遊戯機を設置して、客に遊戯をさせて得た所得であることは争わない。所得の源泉が悪質であるというかも知れないが、被告人の本件所得は昭和四三年岡山市内に喫茶店を開業し、ゲーム機三台位を置いて始めて以来のことであり、それ以来大阪に於ても警察が犯罪として検挙を開始するまでの所得であり、犯罪による所得であると言うことはできない。被告人は警察が犯罪として取締るとの方針を打ち出す前に事業を廃止しているのである。所得そのものが悪質とは言えない。この点において所得の実質面から情状を考慮する余地があった。

3 本件の逋脱所得についても仮名預金を使ったが、通帳も正確に保存し、その使途も不動産購入、店舗の購入、仮名預金、有価証券投資等第二の四1記載のとおり所謂無駄使いをしていない。又関係会社の収支も個人と区別して明確にしておった。これが結局本件捜査の資料として役立った。

4 逋脱の手段として仮名の預金口座を設けたのでこの種の事案として特別に悪質ということはできない。

5 本件については昭和四三年以来の事業所得の集積であるので、逋脱所得、逋脱税額の確定については立証上困難な問題があるが、査察官、検察官は財産増減法のみにより前述の所得を確定して起訴した(検察官冒頭陳述参照)。被告人は調査、検察官の捜査を通じて積極的に資料を提出して協力し、公判においては一切争わなかった。

6 被告人には前科、前歴はない。被告人は前記に述べたとおり、本件脱税による国、地方公共団体に対する逋脱額の納付につき真摯な努力をしている。本件犯行の動機もゲーム機による利益が長続きしないと考え、健全な事業への転換資金として貯蓄したものである。

7 被告人は料理等も経験あり、今後は小さい店舗を借り受けて夫婦共々昔の中華料理店を経営して、正しい職業の下で生活していく決心である。学歴のないこと、戦中、戦後苦難な生活を生き抜いてきた者として家族の安泰を考えて、本件犯行に及んだ事情、全財産を処分して国、地方公共団体への税の支払いの途を構じていること等改悛の情を考慮して懲役刑に執行猶予を与えていただいた恩情で、本件罰金刑の判決に恩情を賜わるよう懇願する次第である。刑の執行猶予は被告人にとって恩典であるが、自動車運転免許証の所持人たる被告人としては一刻の油断もできず、四年間の月日を過さなければならないこと、宅地建物取扱業の免許、風俗営業その他営業許可の上に於ての不利益等を考えると、執行猶予とはいえ被告人にとっては相当な生活上の苦痛であり、制裁である。この上に長期の労役場留置という処分を受けることは折角の恩情の効果を減少することとなる。

以上の理由により、刑訴法三八一条、同四〇〇条により原審判決の被告人に対する罰金六、五〇〇万円の言渡しを破棄して、より寛大な御判決を賜わるようお願いする。

追記(第二点について)

8 東京地裁昭和四六年(わ)第三六号昭和四七年四月一七日刑二五部判決において(昭和四七年一〇月一日判例時報一〇〇頁)二年間にわたる脱税総額三〇四、四六五、二〇〇円の所得税法違反被告事件について、被告人の社会的な制裁、脱税額重加算税納付済みを考慮して懲役刑を科せず被告人に対し、罰金一億円に処する、右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置するとの判決が言渡されている。本件については懲役刑二年六月四年間執行猶予罰金六五〇〇万円であることと比較すると脱税額の比較だけでは本件の原判決は重きに失するし、逋脱犯についても脱税額のみならず被告人の個別的情状を考慮せらるべきである。

次に大分地裁昭和五〇・一・二三判決(判例時報七八六、一一三頁)では この種経済的利欲犯に対する短期自由刑に代るものとして罰金刑においてこそ租税倫理の崩壊を防止し税務執行の公正を確保するに十分なものでなければならず、このため罰金額は負担能力を考慮し脱税者に現実的に財産的苦痛を与えるものでなければならぬものとして罰金刑を重くすべきである」として「特に負担能力を考慮して」としている点は罰金刑の量刑上考慮すべき点である。

なお、本件所得の申告については、被告人は終始、伊藤税理士に相談していたのである。」

第三点 原判決は法令の解釈適用を誤った違法がある。

一 原判決は判示第一の犯罪事実について「行為時においては昭和五六年法律五四号による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の同法二三八条一項に該当、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による懲役刑、罰金刑を併科し所得税法二三八条二項を適用、判示第二、第三の各所為について右改正後の所得税法二三八条一項各懲役刑と罰金刑を併科し、情状により同条二項を適用更に判示第一、第二、第三の各所為について刑法四五条前段懲役刑につき同法四七条本文一〇各(犯情の重い判示第二の懲役刑に加重)罰金刑につき同法四八条換刑留置処分につき刑法一八条を適用して、被告人に控訴趣意書第二点一記載の判決を言い渡した。

二 原判決挙示の昭和五六年法律五四号は昭和五六年五月二七日公布され公布の日から施行された。同法第二条に所得税法第二三八条第一項の懲役刑三年が五年に改められたものである。同法附則五条によるとこの法律の施行後にした所得税法第二三八条第一項の違反行為についてこの法律を適用し、この法律の施行前にした違反行為については従前の例によると規定されているから、判示第一の所為は原判決判示のとおりである。

三 原判決判示各事実は単一の犯意によるものでない。一つの構成要件によって一回的に評価される一罪である。罪数は三回である。何れも同質的な犯罪事実である。昭和二二年には所謂連続犯が廃止された。一人が数罪を犯した場合にそれについて同時審判の可能性があるときはこれを全体として考察して刑の適用につき妥当な考慮をする必要がある。かような関係にある数罪を併合罪という。刑法第四五条がこれを規定している。但し同法後段は中間に確定判決の存在によって併合関係を遮断している。この理由を団藤教授は「思うに数個の行為は一個の人格態度の発現ではないが根底において一連の人格形成によってつながるものであり、その意味で包括して評価されるべきである。

したがって評価の対象としての「人格形成の一連性はそれによって遮断されるものと考えることができる」としている(創文書発行団藤重光刑法綱要総論(改訂判)四二三頁参照)。前述の昭和五六年法律五四号は所得税の連続犯に対する国家的評価を変更したものである。犯罪に対する国家的評価の変更は確定判決と同一視すべきである。同一構成要件事実に対する刑の変更は確定判決と同様に併合罪関係は遮断される可きものと思料する(刑法第五二条参照)。

四 よって原判決は刑法五四条の解釈を誤り判示第一の罪と判示第二第三の罪とが併合罪として刑法五四条前段を適用、判示第一の罪に併合加重をしたことは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤りであり、憲法第三一条同法第三九条に違背するから刑訴法三八〇条同四〇〇条により原判決を破棄せられたい。

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